2006-10-05

使えないヤツ

職場のグチの一つや二つ、誰にでもあるでしょ。
私は昔から協調性に欠けていたようで、今でも治ってません。気遣いはできるんだが、根本的に集団が苦手というか。発言する人がいない会議が耐えられません。根が真面目なんですね。

そこそこの大学が最終学歴だったり、会社を転々としたり、絵を描く技術があったり、映像制作に興味があったり。全然自分の例えではないんですが(全部知ってる人)、その経歴にはワケがある。特に意識してなくても、ワケがある。ワケというより、その環境を選択した(あるいはせざるを得なかった)真実がある。いろんな力を発揮するも隠すのも、あればこそできることであって、「何も無い」ということは無い。言葉遊びのようだが、「何も無い」事実がある。

最終学歴についても、受からなければ入学できない。会社を転々とするのも、当人の把握できていない何か(評価とか事実)がある。絵を描く技術も、繰り返し同じ作業を続けることで身につけることができるし、映像制作に興味があるのも、心のどこかでそれを望んだからだ。自らの力を発揮するのも、あるいは思わぬ結果を招いてしまうのも、そこには必ず理由があるように見えるものだ。

恐怖や困難を感じながらすべきことができないヤツをチキン野郎と言う。すべきことを十分に分析する力や技術が無いことを未熟という。その努力をしないヤツを無能といっているのではないだろうか。過去数十年生きてきて、「私には何も取り柄がありません」などと胸を張るヤツは、もし本気でそれを言っているのであれば自己分析が何もできない自らの無能を曝け出しているばかりか、現代社会において敗北者だと指を指されても仕方が無いだろう。所謂オトナってヤツは、理由を人に預けたりしない人間のことを言うんではなかろうか。そこには子供じみた動機や、達観が混在するよな。

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